日本版「同一労働同一賃金」とは?~東大・水町教授に聞く(1)

基礎知識
特別インタビュー:東京大学社会科学研究所・水町勇一郎教授
「同一労働同一賃金」は国や人によっても捉えられ方が様々で、それが日本における法改正の本質を理解することを難しくしている面もあります。
そこで「法令×HRM 同一労働同一賃金研究所」では、同一労働同一賃金の原則・日本の特徴から、欧州のジョブ型雇用事情、正社員の給与を含めてどのように賃金制度の検討を進めるべきか、そして法律適用後の将来像まで、「働き方改革実現会議」の構成員として「同一労働同一賃金ガイドライン」策定にも深く関与した東京大学社会科学研究所 水町勇一郎教授に伺いました。その内容を、5回にわたってお届けします。
※なお、本連載では欧州との比較のため、日本の一連の法改正を日本版・同一労働同一賃金と称します。
第1回:日本版「同一労働同一賃金」とは?
第2回:ジョブ型VSメンバーシップ型は誤解?
第3回:正社員も「価値」に応じた給与体系に?
第4回:将来見据えた「賃金制度」構築を
第5回:適正な処遇で多様な人材活躍へ

聞き手・構成:社労士事務所ワークスタイルマネジメント代表 小林麻理

第1回では、「同一労働同一賃金」の原則、そして日本版の特徴について伺います。

日本版「同一労働同一賃金」とは何か

―「同一労働」が「同一の労働時間」ではないことはわかりますが、日本版・同一労働同一賃金においては、どのように理解すればよいですか。
「同一労働同一賃金」は、欧州(たとえばフランス)において(男女間の格差是正のための原則※1から)男女間を超えた「正規-非正規間の合理的理由のない不利益取り扱いの禁止」という原則へと発展しました。1990年代からはEU指令に基づいた具体的な施策も講じられています。

欧州を参考にした日本でも、「同一労働同一賃金」の原則は文字通り「同一の労働に対しては同一の賃金を払う」ですが、注意しなければいけないのは、これは「原則」だということです。

どのような性質のものをベースに賃金設計するのかは「契約自由の原則」から企業の自由です。日本版・同一労働同一賃金では、賃金設計をする際の「正規―非正規間の不合理な待遇の相違を禁止した」ということです。
ですから、労働の前提条件(経験や能力)や、結果としての成果、勤続年数などに基づいて賃金が設計されていれば、それらの違いに基づく賃金の違いも認められます。

※1  1951年「同一価値労働同一報酬」実現を目指す「同一報酬条約100号」を規定したILO(国際労働機関)が想定する格差は男女間のものでした。なお、この条約は日本も批准しており、対応する法律が「男女雇用機会均等法」です。

企業によって定義は変わる「同一労働」

―「同一労働」が何を指すかは企業によって様々で、それに対応する給与の性質も一様ではないということですね
はい、同一労働同一賃金ガイドライン※2(以下、ガイドライン)では、「能力や経験」「成果・業績」「勤続年数」に応じて支払う基本給から、業績の貢献に応じた賞与、各種手当(役職・通勤・精勤など)まで、さまざまな目的・性質の給付の例が示されています。

いずれも共通するのは、企業が正社員に支払っている給与の性質や目的に応じた支給を、非正規社員にも求めるということです。
たとえば、正社員に職能に応じた基本給と業績に応じた賞与を支払うのであれば、非正規社員にも、職能や業績に応じて、正社員とバランスの取れた基本給と賞与を支払うということです。

▲出典:厚生労働省・説明資料「『同一労働同一賃金ガイドライン』の概要」より説明抜粋
※2 本名称は2016年の案の際に用いられ、現在通称となっている。正式名称は「短時間・有期雇用労働者及び派遣労働者に対する不合理な待遇の禁止等に関する指針」

日本版では、「賃金以外の待遇」も射程に入る

―日本版では給与以外には福利厚生や職務に必要な教育なども含まれ、ガイドラインには次のような例示があります。

 ▲出典:厚生労働省・説明資料「『同一労働同一賃金ガイドライン』の概要」より説明抜粋

ーただ、「同一賃金同一労働」という言葉からは、「賃金以外の待遇」については想像がしにくいというところかもしれません。

法律が対象とする「待遇」が「賃金」より射程が広く(賃金だけに留まらない)より広範囲の格差是正を目指しているということは、欧州でも日本でも同じです。
そして、このことは「基本給、賞与、その他の待遇」と規定された条文にある通りです。「同一労働同一賃金」という言葉だけで判断せず、個々の条文やガイドラインに立ち戻りながら、適切に判断していただきたいです。

―たしかに、企業の事情によって状況が大きく異なると考えられますので、最新の判例を押さえつつ、いつでも条文やガイドライン等の原則に立ち返るということが大切ですね。次回は「同一労働同一賃金」とともに語られることが多い「職務給」や「ジョブ型」雇用についてお伺いします。

第2回:ジョブ型VSメンバーシップ型は誤解?
第3回:正社員も「価値」に応じた給与体系に?
第4回:将来見据えた「賃金制度」構築を
第5回:適正な処遇で多様な人材活躍へ

不合理な待遇を禁止した8条
パートタイム・有期雇用労働法は、パートタイム労働法と有期雇用労働者の保護が盛り込まれている労働契約法旧20条が合流するかたちで2018年に成立しました。

「正規-非正規格差是正」に関する法律の歴史と時代背景

同一労働同一賃金に関する規定は2020年4月に大企業へは適用済みで(適用が猶予されていた)中小企業へも2021年4月から適用されます。ここでは日本版「同一労働同一賃金」を理解するうえで肝とも言える第8条を、確認しておきましょう。
(不合理な待遇の禁止)
第8条 事業主は、その雇用する短時間・有期雇用労働者の基本給、賞与その他の待遇のそれぞれについて、当該待遇に対応する通常の労働者の待遇との間において、当該短時間・有期雇用労働者及び通常の労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下「職務の内容」という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情のうち、当該待遇の性質及び当該待遇を行う目的に照らして適切と認められるものを考慮して、不合理と認められる相違を設けてはならない。

司法判断で形成される判例法理にも注目
有期雇用労働者を対象に、正社員との不合理な労働条件の相違を禁止した労働契約法旧20条に違反しないか、という点でこれまで、様々な裁判が行われてきました。
特に2018年、最高裁で各種手当についての不合理性が争われた長澤運輸事件、ハマキョウレックス事件は、大変注目されました。2020年にも5つの注目最高裁判決が下され、(比較的、その性質や目的が捉えやすい)「手当」などの判例法理は形成されつつあるようです。
ガイドラインも備えたパートタイム・有期雇用労働法に関する司法判断はまた労働契約法旧20条のケースと変わってくるものと思われます。本サイトでも、注目判決の概要については、個別記事にてご紹介していきたいと思います。

2020年10月に重要判決、逆転もあり注目を集める

東京大学社会科学研究所・水町勇一郎教授プロフィール
1990年東京大学法学部卒業、東北大学法学部助教授、パリ西大学客員教授、ニューヨーク大学ロースクール客員教授等を経て現職(専門は労働法学)。働き方改革実現会議議員、東京労働委員会公益委員(会長代理)、規制改革推進委員会などを歴任。著書に『「同一労働同一賃金」のすべて 新版』(有斐閣)、『労働法入門 新版』(岩波新書)、『詳解 労働法』(東京大学出版会)などがある。