そこで「法令×HRM 同一労働同一賃金研究所」では、同一労働同一賃金の原則・日本の特徴から、欧州のジョブ型雇用事情、正社員の給与を含めてどのように賃金制度の検討を進めるべきか、そして法律適用後の将来像まで、「働き方改革実現会議」の構成員として「同一労働同一賃金ガイドライン」策定にも深く関与した東京大学社会科学研究所 水町勇一郎教授に伺いました。その内容を、5回にわたってお届けします。
※なお、本連載では欧州との比較のため、日本の一連の法改正を日本版・同一労働同一賃金と称します。
第1回:日本版「同一労働同一賃金」とは?
第2回:ジョブ型VSメンバーシップ型は誤解?
第3回:正社員も「価値」に応じた給与体系に?
第4回:将来見据えた「賃金制度」構築を
第5回:適正な処遇で多様な人材活躍へ
聞き手・構成:社労士事務所ワークスタイルマネジメント代表 小林麻理
「生活給」も基本給へ吸収される流れに
―2020年の日本郵便(大阪)事件の最高裁判決では非正規社員への「扶養手当」不支給が不合理とされました。ただ、「扶養手当」自体は仕事や能力と紐づきません。また、支給される対象は実質(結婚している)男性が多い※ことから、男女雇用均等法7条の間接差別の問題になるようにも思います。どのように考えればよいでしょうか。
まず、間接差別とは基準自体は中立的なものであっても、結果的にある属性に対して著しく不相当な不利益が及ぶことです。そのうえで、欧米の事情から説明すると、女性に対する間接差別の判例法理が発達しており、範囲も限定されていません。
一方、日本の男女雇用均等法上の間接差別は、厚生労働省が指定したもの(採用時の身長体重等の要件、採用・昇進等の際の転勤要件、昇進の際の転勤要件)に限定されており、扶養手当は対象外なのです。ただし、今後、この点は議論される可能性はあります。
―「扶養手当」に関しては、女性の就労に対する決断に影響(囲み参照)を及ぼすものであると同時に、「ただ無くす」だけでは、特にこれまで支給を受けていた方の納得感が得づらいと思いますので、しっかりとした議論や経過措置が必要ですね。
はい、企業への貢献に必ずしも結びついていなかった「生活給」や「年功給」的なものを段々となくしていく過程では、能力や貢献に見合った「基本給等」に「吸収・上乗せしていく」という点がとても大切になると思います。
※「扶養手当」の支給基準を所得税上の旧扶養基準(103万円)や社会保険上の扶養基準(年収約130万円)に設定している企業も多いようです。後者に当てはまる被扶養者(第3号被保険者)の人数は約820万人(2019年度)で、そのうち女性が98.6%を占めます。つまり現状「扶養者(扶養手当の対象者)」は、同水準で男性ということが推測されます。
能力や貢献に応じた給与で、多様な働きを実現する
―現在は、女性の労働市場からの離脱(いわゆるM字カーブ)の谷は浅い(下図1つ目)ですが、非正規社員の割合を見ると年齢とともに増加の一途をたどります(下図2つ目)。
▲出典: 女性労働参画局・令和元年白書・就労をめぐる状況より
▲出典:同上データより筆者作成(データラベルは2019年)
ーこのように女性が出産・育児などを機に離職すると正社員としての復職が困難で、結果的に現状では十分な処遇が得られないという実情は(キャリア中断を想定しない)「年功レール」とともに、勤務場所や時間の制約とも因果関係があるように推測しています。
勤務場所や時間の制約があっても、これまでお話したように、年功給・生活給が基本給に吸収され、かつ個人の能力や仕事ぶり、企業への貢献に応じて給与が支払われるようになれば、雇用形態にかかわらず、適正な処遇が得られるようになります。
多様な人材が活躍でき、企業が発展する未来へ
―それこそが、働き方改革実行計画で表明された、日本版「同一労働同一賃金」の目指す姿ということでもありますね。
正規雇用労働者と非正規雇用労働者の間の不合理な待遇差の解消の取組を通じて、どのような雇用形態を選択しても納得が得られる処遇を受けられ、多様な働き方を自由に選択できるようにし、我が国から「非正規」という言葉を一掃することを目指す。
2017年3月・働き方改革実行計画より
はい、勤務場所や時間を問わない多様な働き方の実現は、女性に限らず、ワークライフバランスを重視したい人たちや、様々な事情を抱えた人たちが、適正な処遇で働くことを可能にします。ひいては、性別、年齢、障害の有無、ライフステージによっても異なる、様々な状況や立場の人の活躍の場が広がるということです。
―働き方改革の理念「一億総活躍社会」の実現ともリンクしますね。
人生は十人十色であり、価値観は人それぞれである。一億総活躍社会は、女性も男性も、お年寄りも若者も、一度失敗を経験した方も、 障害や難病のある方も、家庭で、職場で、地域で、あらゆる場で、誰もが活躍できる、いわば全員参加型の社会である。
(2016年6月・ニッポン一億総活躍プランより)
―性別、雇用形態、年齢、障害の有無にかかわらず、昭和型の「正社員の年功レール」に外れてしまった・またはもともと乗れなかった方たちも、生きづらさ・働きづらさを抱える方たちも、能力や仕事ぶり、企業への貢献が正当に評価され、適正な待遇を受けられるようになることを願います。
日本版「同一労働同一賃金」は、その大きなきっかけとなるはずです。企業にとっても、多様な働き方を提示することで、優秀な人材が集まり、生産性が上がり、そして企業も発展するという好循環が生まれます。企業の方には、いまを「チャンス」と捉えて取り組んでほしいです。
―とても共感いたします。今回、水町先生に日本版「同一労働同一賃金」の本質とともに適切な実現に向けての大事なヒントをいただけたと思います。そして、私もそのことに少しでも貢献していきたいという想いを新たにしました。「法令×HRM 同一労働同一賃金研究所」では、法令順守とともに、人材マネジメントの観点から「同一労働同一賃金」をどのように実現するべきか、皆様の検討の一助となるような研究や情報発信をしていきたいと考えています。水町先生、改めて、ご協力ありがとうございました!
本文注でもふれた現状の「第3号被保険者」の人数は約820万人(2019年)で、女性が98.6%を占めます(令和元年度厚生年金保険・国民年金事業の概況より)。なお、人数推移を確認すると(下図)減少傾向が見て取れます。
▲出典:「令和元年度の国民年金の加入・保険料納付状況」より筆者作成
「同一労働同一賃金」のテーマのなかで「扶養から外れたくない人の時給を上げるのか」という議論を聞くことがありますが、今回お話があった「給与を『生活』ではなく『仕事』や『能力』に紐づけて適切に支払う流れ」からすれば、「扶養されているから給与を低くする」という考え方は、それに逆行するように感じます。
また、「扶養者がいるため、自身の給与をごく補助的な収入の枠内にしたい」という従業員に合わせて給与金額を設定することは、そうではない人にとって、たいへん不利益であると言えます。
一方、日本では育児しながら働くことに対して環境も理解も十分とは言えず、家庭状況や職場によって働きやすさに大きく差があるのが現状です(こうした背景から筆者は「育Work~育児しながら働く・働きたい人を応援するメディア」を運営しています)。
そのため「育児中など、一定期間は扶養の範囲内で働く・就労しない」ということももちろん、大事な選択肢と言えます。ただし、育児によって就労に大きな制約の必要がある期間というのは~十数年に限られるという方も多いでしょう。そこで、育児がひと段落したあと「もっと(再び)働きたい」と思っても「扶養から外れるとどうなるか?」がわからずにそのまま、という方もいるのではないでしょうか。また、「扶養の範囲内で働きたい」という人は、時給が上がれば労働時間を減らすことでそれが実現でき、より時間の余裕のある生活が送れることになります。
ですから、企業・人事の担当者は時給が上がるとどうなるか、扶養を外れるとどんな影響があるのかについて、正しく説明できることが大切です。
前述メディアサイトにて、支払う社会保険料やもらえる年金は具体的にどうなるかなどを解説した記事(扶養を抜ける?)を連載していますので、本テーマにご興味のある方は、ぜひご覧ください。
第2回:ジョブ型VSメンバーシップ型は誤解?
第3回:正社員も「価値」に応じた給与体系に?
第4回:将来見据えた「賃金制度」構築を