将来見据えた「賃金制度」構築を~東大・水町教授に聞く(4)

基礎知識
特別インタビュー:東京大学社会科学研究所・水町勇一郎教授
「同一労働同一賃金」は国や人によっても捉えられ方が様々で、それが日本における法改正の本質を理解することを難しくしている面もあります。
そこで「法令×HRM 同一労働同一賃金研究所」では、同一労働同一賃金の原則・日本の特徴から、欧州のジョブ型雇用事情、正社員の給与を含めてどのように賃金制度の検討を進めるべきか、そして法律適用後の将来像まで、「働き方改革実現会議」の構成員として「同一労働同一賃金ガイドライン」策定にも深く関与した東京大学社会科学研究所 水町勇一郎教授に伺いました。その内容を、5回にわたってお届けします。
※なお、本連載では欧州との比較のため、日本の一連の法改正を日本版・同一労働同一賃金と称します。
第1回:日本版「同一労働同一賃金」とは?
第2回:ジョブ型VSメンバーシップ型は誤解?
第3回:正社員も「価値」に応じた給与体系に?
第4回:将来見据えた「賃金制度」構築を
第5回:適正な処遇で多様な人材活躍へ
聞き手・構成:社労士事務所ワークスタイルマネジメント代表 小林麻理
今回は日本版「同一労働同一賃金」に対応する「賃金制度」を検討する際の心構えやポイントについてお伺いしていきます。

実態に応じて「均衡待遇(バランスの取れた待遇)」を

―今回の法改正に応じて、企業が賃金制度の検討をする際は、「均衡待遇(バランスの取れた待遇)」という点がポイントになりそうです。
「均衡待遇(バランスのとれた待遇)」は日本版の大きな特徴です。職務内容やキャリア展開の違いなど、前提が異なる場合には、その前提の違いに応じてバランスの取れた待遇を求めるということです。

これは、日本の現在の正社員制度が職務、勤務場所、キャリア展開など様々な条件を包括しており、その部分も加味して実態に即した対応することで、法律の実効性を高めているという面もあります。

たとえば、現在同じ職務内容(仮に労働価値を100とする)であっても、職場・職務限定を条件に働いている非正規社員(同100)に対し、全国転勤や職務替えもある正社員(同120)に比例してバランスのとれた賃金(非正規社員100、正社員120)を支払うことは不合理ではないということです。

「処遇引き上げ」の立法趣旨をもとに対応する

―日本はOECD(経済協力開発機構)加盟国平均などと比べても、約30年間、平均賃金の上昇傾向がみられないことが目立ちます(下図)。ですから「バランスを取る」というと(全体は変わらない中で)一方の待遇を下げるほうに意識が行きがちかもしれません。

▲出典:OECD調査より筆者作成
正社員の待遇を単純に下げることでバランスを調整することは慎まなければなりません。そのことは「非正規の待遇改善」という法律の趣旨からすれば当然で、ガイドラインにも明記されています。正社員の待遇を下げる前に、給与に見合った会社への貢献を従業員がするための工夫や賃金全体の底上げを考えていただきたいです。

―経営者が利益を給与に還元していく姿勢をしっかりと示すことで、従業員が会社に貢献しようという意識を高めてもらうことは大事ですね。そして、特に増加していくと予測されるシニア従業員にも、活躍していただくことが、今後ますます大切になりそうです(囲み参照)。

「ロードマップ」を描き独自の制度を構築する

―実際の賃金制度の実際の構築にあたっては、どのような検討や心構えが必要でしょうか。
非正規社員の待遇を引き上げていく中で、前述のように「年功給」「生活給」的なものの再編を含めた正規社員の賃金制度も見直しが必要になってくるでしょう。さらには「賃金制度が、すべての職種において1本でいいのか」についても検討の余地が多いにあります。
このような多角的な検討をするうえでは、賃金制度を非正規、正規と個別にではなく、全体的に見直すほうがよいでしょう。

―一朝一夕ではいきませんね。
もちろんです。まだ検討の途上であるという企業は、数年単位で移行へのロードマップをしっかりと描くことから始めていただければと思います。
大切なのは、「いい人」がどうしたら来てくれて、働きやすいと感じて定着してもらえるのか、雇用形態、勤務場所や職務にかかわらず、現場で働く社員の声や賃金制度へのニーズに耳を傾けることです。
そして、労働者と話し合いの場を設けながら、「5年後10年後どう成長する企業になっていたいのか」自社の将来展望に合わせた、独自のかつ最善の賃金設計へとつなげていただきたいです。
また、それをサポートする社労士や弁護士などの専門家の方たちには、法律やガイドラインの趣旨をしっかりと理解しながら、企業ごとの「オーダーメイド」に対応する、適切なアドバイスをしていただくことを期待しています。

―法令順守をベースに人材マネジメントの観点で賃金制度を構築する必要性を改めて、強く感じます。さて最終回となる次回は、同一労働同一賃金の適用後に目指したい、日本の将来像についてお話いただきます。

シニア社員の活躍を促す取り組みを
2021年4月から、改正・高年齢者雇用安定法により、65歳までの雇用確保の義務に加えて、70歳までの就労確保の努力義務が事業主に課されることになります(リーフレット
企業もシニア社員の活躍を促すために、様々な取り組みをしています。日経新聞によるとカシオは60歳の定年後も働き続ける再雇用社員を対象に、12等級に細分化した(現役は6等級)成果主義を導入、味の素AGFも賞与に成果を反映とあります(2021年2月5日)。
TISでは、日系の顧客企業をゼロの状態から100社に増やしたシニア社員の実績などを背景に、優秀なシニア人材を対象に現役世代並みの給与制度を導入したそうです(同2020年12月12日)。
ユニークな取り組みも紹介されていました。たとえば、サントリーホールディングスが設けている、社内で気軽に話せる相談係としてTOO(隣のお節介おじさんおばさんの略)というポストです(同2021年2月16日)。
2014年、組織再編によって社内がギスギスしていた当時の同社で、相談係を買って出たシニア社員が社内の雰囲気の改善に貢献したことから、制度化したそうです。従業員のコミュニケーション不足・エンゲージメント低下問題を解決しつつ、シニア社員に対しては活躍の場を提供できたと言えるでしょう。
TOOのように成果や売り上げに直結する仕事に限定せず、シニア社員の「持ち味」を発揮してもらうことは、(TISの事例のような凄腕のシニア人材ばかりではない)多くの企業で参考になりそうです。
期待する活躍ができていないシニア社員の中には、(役職定年や今回の法改正が対象とする雇用形態の転換などで)「賃金が一気に下がってしまった」人をはじめ、上司や仕事との相性によって能力が発揮できずに「仕事のできない人」というレッテルを貼られてしまったり、頑張っても報われない人事評価・賃金制度、失敗に対して不寛容な社内の雰囲気など、様々な要因によってやる気や活躍の場を失ってしまった人もいるでしょう。
企業は、そうしたシニア社員に再度活躍してもらう取り組みを積極的に行うことで、売上増と全体賃金の底上げを実現していただきたいと思います。
第1回:日本版「同一労働同一賃金」とは?
第2回:ジョブ型VSメンバーシップ型は誤解?
第3回:正社員も「価値」に応じた給与体系に?
第5回:適正な処遇で多様な人材活躍へ
東京大学社会科学研究所・水町勇一郎教授プロフィール
1990年東京大学法学部卒業、東北大学法学部助教授、パリ西大学客員教授、ニューヨーク大学ロースクール客員教授等を経て現職(専門は労働法学)。働き方改革実現会議議員、東京労働委員会公益委員(会長代理)、規制改革推進委員会などを歴任。著書に『「同一労働同一賃金」のすべて 新版』(有斐閣)、『労働法入門 新版』(岩波新書)、『詳解 労働法』(東京大学出版会)などがある。