ジョブ型VSメンバーシップ型は誤解?~東大・水町教授に聞く(2)

基礎知識
特別インタビュー:東京大学社会科学研究所・水町勇一郎教授
「同一労働同一賃金」は国や人によっても捉えられ方が様々で、それが日本における法改正の本質を理解することを難しくしている面もあります。
そこで「法令×HRM 同一労働同一賃金研究所」では、同一労働同一賃金の原則・日本の特徴から、欧州のジョブ型雇用事情、正社員の給与を含めてどのように賃金制度の検討を進めるべきか、そして法律適用後の将来像まで、「働き方改革実現会議」の構成員として「同一労働同一賃金ガイドライン」策定にも深く関与した東京大学社会科学研究所 水町勇一郎教授に伺いました。その内容を、5回にわたってお届けします。
※なお、本連載では欧州との比較のため、日本の一連の法改正を日本版・同一労働同一賃金と称します。
第1回:日本版「同一労働同一賃金」とは?
第2回:ジョブ型VSメンバーシップ型は誤解?
第3回:正社員も「価値」に応じた給与体系に?
第4回:将来見据えた「賃金制度」構築を
第5回:適正な処遇で多様な人材活躍へ

聞き手・構成:社労士事務所ワークスタイルマネジメント代表 小林麻理

第2回は、「同一労働同一賃金」とともに語られることが多い「職務給」や「ジョブ型」雇用について伺います。

「欧州では職務給のみで運用」は誤解

―ガイドラインには、基本給として「能力や経験(いわゆる職能給)」「成果・業績」「勤続年数」に応じて支払う例が示されています。これは、「職務給」でジョブ型雇用の欧州とは違い、メンバーシップ型の雇用慣行が強い日本版ならでは、ということでしょうか。

たしかに、「職能給」「勤続給」など「職務給」以外の性質の給与をベースとした賃金設計も想定していることは、日本版の特徴の1つです。

欧州では、基本的に学校などで身につけた「専門性」をもとにした職務属性によって採用し、「職務」をベースとした給与を支給します。「職務」とそれに紐づいた個人の「専門性」を評価して生かすことで、企業全体の生産性も上げるという考え方です。

ただし、「職務給」のみで運用されているわけではありません。この点、誤解されている方が多いように思います。
背景としては、特定の職務属性のみでキャリアを積んでいると、その職務がなくなった際に従業員が失業してしまい、企業側も新規の職務が必要になるたびに新たに人を探さなければいけなくなってしまうということがあります。

欧州の職務属性を重視しながら長期勤続を促す工夫

ですから、個人がいま遂行している職務以外の専門性を身につけ、マルチジョブ化することを、企業も国も推進しているのです。たとえば、個人のキャリアの幅を広げる観点から行う学び直しが推奨されていたり、フランスには職業訓練のための法定の有給休暇もあったりします。

社員が幅広い専門性を身につけた場合に給与で報いることもあります。日本の職能給やキャリア給に相当する、性質的にはキャリア手当と言えるようなものです。

つまり、現在の職務への評価を基本としつつ(ジョブ型)、働いている人を大切にしてやる気をもって働いてもらうような(メンバーシップ型)工夫や動機付けをしているということです。こうしたことからも、一部で見られるような「ジョブ型」VS「メンバーシップ型」という二者択一の対立構造は誤解だと分かります。

実際、ドイツでは「専門性」や「職務属性」を重視して生産性を上げながら、長時間労働を是正し、かつマルチジョブ化や人的結びつきを重視して(人を簡単に解雇せずに)従業員の長期勤続を実現する企業が多くみられます。

働き手は主体的なキャリア形成を意識することが必要

―企業には長期勤続を促す仕組みが期待される一方で、転職者は351万人(2019年総務省統計局調査)、正社員として就職した男性のうち、一度も退職していない人の割合は、30代で48%、40代で38%、50代で34%という調査もあります(下図)。少なくとも「一社終身で働くことが当たり前」の時代ではないですね。

▲出典:内閣府・日本経済2017-2018

若い人ほど、初任給20万円で入って、その給与が右肩上がりに上がっていく未来を描いている人は少ないと思います。
60歳以降も続く長期的なキャリアスパンのなかで、1つの会社に留まるにしろ、転職するにしろ、個人も自身の人材価値やそれを高めるためのキャリア形成をもっと主体的に意識して働く必要があるといえます。

―「セカンドキャリア」「サードキャリア」も見据えながら仕事をしていくことが大切ですね。また、雇用流動化の流れのなかでは「若い頃は給与が割安でも、終身で雇用されることでその分を取りかえす」ことができるとも言える「勤続給」「年功給」の納得感が得られづらいことにつながりそうです。次回は非正規社員の比較対象ともなる正社員の給与についてお話を伺います。

1100のジョブを公開、2万通りの研修があるSAP
日経新聞(2020年8月4日)で紹介されていたドイツ系企業SAPジャパンの取り組みは、ジョブ型でかつ長期勤続を促すものとして、参考になります。
グローバル展開するSAPは2012年から各国現地法人にも、共通のジョブディスクリプションを導入、その数は約1100に上るといいます。年齢や社歴が同じでも希少価値の専門職は高収入を得られます。また、ジョブディスクリプションは世界中で公開され、異動は公募制です。そして、2万通りもの研修のほか、最低四半期、多いところでは週に1度は行う部下との面談などを通じて成長を促す機会も提供されているようです。
「ジョブ型でも解雇と無縁」と題され紹介されたドイツ流のジョブ型雇用に、多いに学ぶところがありそうです。
第1回:日本版「同一労働同一賃金」とは?
第3回:正社員も「価値」に応じた給与体系に?
第4回:将来見据えた「賃金制度」構築を
第5回:適正な処遇で多様な人材活躍へ

東京大学社会科学研究所・水町勇一郎教授プロフィール
1990年東京大学法学部卒業、東北大学法学部助教授、パリ西大学客員教授、ニューヨーク大学ロースクール客員教授等を経て現職(専門は労働法学)。働き方改革実現会議議員、東京労働委員会公益委員(会長代理)、規制改革推進委員会などを歴任。著書に『「同一労働同一賃金」のすべて 新版』(有斐閣)、『労働法入門 新版』(岩波新書)、『詳解 労働法』(東京大学出版会)などがある。